大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(ラ)140号 決定 1954年7月24日

抗告人 山崎工業株式会社

代表者代表取締役 山崎徳松

訴訟代理人 金井博俊

相手方 株式会社日刊スポーツ新聞社

代表者代表取締役 川田源一

主文

原決定を取り消す。

債権者株式会社日刊スポーツ新聞社、債務者抗告人間の東京地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第一〇五六号不動産仮差押申請事件について同裁判所が昭和二十九年二月十三日にした仮差押決定にもとずき、横浜地方法務局同年三月一日受付第五八九六号をもつて、別紙目録記載の不動産に対してなされた仮差押の執行は、これを取り消す。

申立費用は原審及び抗告審とも相手方の負担とする。

理由

本件抗告理由は別紙抗告理由のとおりである。

債権者相手方、債務者抗告人間の東京地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第一〇五六号不動産仮差押申請事件について、同裁判所が昭和二十九年二月十三日別紙目録記載の不動産に対する仮差押決定をし、債権者である相手方が前同日右決定正本の送達を受けたこと、しかるに右仮差押決定の執行としての登記簿記入は横浜地方法務局同年三月一日受附第五八九六号をもつてされたことは右不動産仮差押申請事件及び本件の各記録によつて明らかである。

抗告人は右仮差押の執行は法定の執行期間経過後のものであるから許されないと主張するところ、右執行は仮差押決定正本が債権者に送達せられた日から十四日の後である同年二月二十七日までになされなければならないものであり、その期間の末日が一般の休日にあたらないことは明らかであるから、右登記は法定の期間経過後のものであることはまちがいない。

民事訴訟法に「仮差押命令ノ執行ハ命令ヲ言渡シ又ハ申立人ニ命令ヲ送達シタルヨリ十四日ノ期間ヲ徒過スルトキハ之ヲ為スコトヲ許サス」と定められる理由は、もともと仮差押というものは、さしせまつた必要があるときになされるものであることと、命令のあつたのち月日がたてば命令を出すについて基礎となつたところの事情も変動することがあるということとをにらみ合せて、債権者が仮差押命令を得たのに、さつそくその執行をしないのは、さしせまつた必要がなくなつたか、少くとも債権者がその必要を感じなくなつて執行を放棄もしくは猶予したと推測し得るものであつて、すでに仮差押制度による保護の必要がないものというべく、また債務者が仮差押命令のあつた当時と事情の変更した後になつてその執行を受けることは実質的に不当な結果をもたらすこととなるというにあると解すべきである。しかし一般に執行は常にその着手から完了にいたるまでなにほどかの時間を要するものであるから、前記十四日の法定期間は、必ずしもこの間に執行を完了するを要するというのではなく、この期間内に執行の着手と認められるべき行為がありさえすれば、これに続いて行われるべき執行行為の実施が、その当然の順序経過によつてなされるかぎり、この期間経過後になつても命令は執行力を失わないと解すべきである。

不動産仮差押の執行は仮差押の命令と登記簿に記入することによつてするものであり(民事訴訟法第七五一条第一項)、この登記は仮差押命令を発した裁判所が執行裁判所として、登記官吏にこれを嘱託すべく(同条第二項)、この嘱託は登記簿へ記入するための手段であつて、登記嘱託書を登記官吏にあてて適当な方法で発送すれば、執行の着手があつたと認めるのが相当である。前記仮差押申請事件の記録によれば、本件において管轄執行裁判所たる東京地方裁判所は、右仮差押命令を債権者に送達した日と同日の昭和二十九年二月十三日所轄登記官吏にあてた登記嘱託書を債権者代理人に交付し、これにもとずき前記登記がなされたものであることが明らかである。従来東京地方裁判所は仮差押登記の嘱託にあたり嘱託書を自ら登記官吏にあてて送付することなく、これを債権者に交付し債権者を使者としてこれを登記官吏のもとに持参提出せしめる方法をとることを実務上の慣行としていることは当裁判所に顕著である。この慣行は嘱託書送付に要する日数の節約、登記に要する登録税の決定等の現実の必要から生じたものであり、あえて違法というべきではなく、登記嘱託書送付の方法として最善ではなくとも、次善というべき程度では「適当な方法」であると認めるのほかない。この方法によつて登記が完了するには、裁判所による嘱託書の債権者への交付、債権者の登記官吏に対する書類の提出、登記官吏の受附及び登記簿への記入という数段階を経るものであつて、前記期間内にはじめられたこれらの手続が当然の順序経過をたどつてなされるかぎり、その執行の完了が期間経過後になつても、なんら違法とするにあたらないことは前記説明からおのずから明らかである。

ところで東京地方裁判所から債権者を使者として発送された嘱託書が横浜地方法務局に提出されるには幾日を要すべきかというに、東京及び横浜の地理的関係、交通機関の情況にてらしてみれば、早ければ発送即日、普通は翌日、多少のさしさわりがあつた場合でも三日目には提出され得べきことは明らかである。本件の登記嘱託書が横浜地方法務局で受附けられたのは昭和二十九年三月一日であることは記録上明らかであるから、嘱託書は当日提出されたものと認めるべきである(不動産登記法第二五条、第四七条参照)。しかるに債権者代理人が登記嘱託書の交付を受けたのは同年二月十三日であるから、その間十六日かかつているという計算になる。天候の異変、交通機関の故障等の不可抗力によるとかその他特別の事情のみるべきもののない本件では、これは当然の順序経過によつたものでないことは明らかである。かような場合は執行の着手が十四日の期間内にあつただけではたりず、期間内に執行を完了しないかぎり、違法な執行すなわち執行力を失つた仮差押命令の執行であるとしなければならない。もともと債権者もしくはその代理人は執行裁判所の使者として嘱託書の交付を受けこれを登記官吏に提出するのであるから、その間に自己の意思を介在せしめるべきではないのである。しかるに現実には債権者は嘱託書の交付を受けた後は自由にその提出の時期を選ぶことができるわけである。この場合もし執行裁判所が仮差押登記の嘱託書を交付することにより法定期間内に執行の着手がある以上登記簿記入が期間経過後になされたものであつても、なおつねに必ずこれを許すべきものとするときは、仮差押の執行が本来登記によつてなされることの趣旨に遠ざかるのみでなく、債権者は、自由にその登記の時期をおくらせることができることとなつて、そもそも執行期間を法律上限定した意義は全く失われることとなるのである。

しからば本件仮差押の執行は違法であり、右執行はこれを取り消すべきものである。

よつてこれと異なる原決定は失当であるからこれを取り消し、申立費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 判事 浅沼武)

(別紙目録省略)

抗告の理由

一、債権者(相手方)債務者(抗告人)間の東京地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第一〇五六号不動産仮差押事件について、同裁判所は同年二月十三日、別紙目録記載の不動産に対する仮差押命令を発し、債権者である相手方は前同日該命令正本の送達を受けた。

二、しかるに仮差押命令の執行としての登記簿記入は横浜地方法務局同年三月一日受附第五八九六号を以てなされているので、抗告人は、右登記簿記入は法定の執行期間経過後の執行であるとして、その取消を求めるため同裁判所に執行方法に関する異議を申立てた。

三、ところが、同裁判所は、事実関係は抗告人(異議申立人)の主張の通りであると認定しながら、仮差押事件記録に徴すれば管轄執行裁判所たる同裁判所は昭和二十九年二月十三日右仮差押命令の登記簿記入の嘱託書を所轄登記官吏に宛て発送する処置(債権者代理人を逓送の使者として用いる)を了していたことが明かであるから、これ即ち法定期間内に既に執行の着手があつたものと見るべきであると判示して法定期間徒過の執行であるとする抗告人(異議申立人)の申立を排斥した。

四、しかしながら、1 不動産仮差押の執行は仮差押命令を登記簿に記入することによつてその効力を生ずるものであり又民事訴訟法第七百四十九条第二項「………十四日ノ期間ヲ徒過スルトキハ之ヲ為スコトヲ許サス」との規定及び同第七百五十一条第一項「不動産ニ対スル仮差押執行ハ仮差押ノ命令ヲ登記簿ニ記入スルニヨリテ之ヲ為ス」との規定を対比するときは不動産仮差押命令の執行は十四日の期間内に登記簿記入の手続を為すことを要し期間経過後はその記入手続を許さざるものであり且つその期間経過の理由は之を問わざるものと解すべきである。而して本件仮差押命令の登記簿記入は明かに期間経過後たることを認めながらなお法定期間内に執行の着手があつたから右登記簿記入が期間後になされても適法であるとして抗告人の主張を排斥した原決定は不当である。

2 仮りに「法定期間内に執行の着手があれば登記簿記入が期間経過後になされても適法の執行である」との趣旨の原裁判所の解釈を是認するとしてもその「執行着手の時期」は原決定判示の如く「登記嘱託書を登記官吏に宛て発送する処置を了した時」ではなく「右登記嘱託書が現実に登記官吏に到達した時」をもつて、はじめて執行の着手ありと解すべきものである。何となれば現今、執行裁判所の発した登記簿記入の嘱託書は殆どが債権者(又はその代理人)を使者として登記官吏に送付されるのが実情であつて本件に於てもその例に洩れないことは、原決定がその理由において明かに認めているところである。若し原決定判示の如く登記嘱託書送付の時を以て「執行の着手の時」と解すると右登記嘱託書送付の過程に於て、債権者の故意又は過失によつて執行期間内に嘱託書が登記官吏に提出されなかつたことにより期間経過後になされた執行行為の効力を是認することになり債権者の恣意を放任し(債権者はその好む時期に嘱託書を登記官吏に提出すればよいことになる)債務者に不当な不利益を課するものという外はなく、かくては民事訴訟法第七百四十九条第二項により仮差押債務者保護のために設けられた執行期間制度の趣旨に全く反するものといわなければならない。

五、よつて抗告人の申立を却下した原決定は不当であるから其の取消を求め且つ前記仮差押の執行を取消す旨の御裁判を求めるため民事訴訟法第七百四十八条、第五百五十八条に基き本件即時抗告に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例